2013/05/19


四角の電気箱。定食屋にあるテレビと同じような箱を、老人、中年、少女の三人は雁首揃えて覗き込んでいる。 ただ、その箱はテレビよりもやや付属品が多い。 「ヤホー?」 「検索エンジンと言って、ここに文字を打ち込むと、コンピュータが調べてくれるんだよ。 ……ゴンコちゃん中学でやらなかったのか」 「ほう」 「西京都?とやらには無かったのかい、コンピュータ」 尚人は顎に手を当てて考え始めた。しばらくして再び光を発する画面に向き直る。 「……あったかも知れませんが、縁は無かったもので」 「ったく、役に立たない男だねぇ」 ハハハ、と誤魔化すように笑った尚人を指差してゴンコもハハハと笑った。 指差さないでくれる。と、今度はその手をはたいて落とす。 ゴンコはむくれた。 「ゴンコちゃんも今の時代コンピュータが使えないと困るよ」 はあい。ゴンコは唇を尖らせてそっぽを向く。 「で、西京都……って、そう簡単に出てくるもんかね、眉唾モンの話が」 しょうよう老爺が人差し指一本打法でなんとか「西京」と打ち、検索と書かれたボタンを押すと、 案の定、地名、銀行名、学校名、料理名がずらりと並ぶ。 ヒエエ、楽しそうなゴンコの叫び声。 「すごいねえ、本より便利だねえ」 「事実だけど禁句だよ。それに本と違って電気がなきゃ何にも出来ないんだから」 「西京都、で調べてみては」 既にこの状況に慣れ始めている尚人の提案で、再びしょうよう老爺の一本打ち打法が始まり、 数分後、彼らはあんぐりと口を開けて画面を覗き込んでいた。 「私の他にも……?」 「尚人さんと同じような人が他にもいるってこと?」 「保護したいと言っているが、どうかなあ」 訊ねながらしょうよう老爺が尚人を見上げると、当の本人は眉間に皺を寄せてジッと画面を見つめている。 尚人が事実西京都からやって来たのだとすれば、右も左も分からない東京でまず疑の側に傾くのはごく自然に思われた。 老爺はくるくるとスクロールバーを上下させて確認し、ウン、と一度頷いた。 「前からちょこちょこ報告くらいはあるみたいだが、怪しいといえば怪しいなあ。 こっちのヤツが言うみたいに、ネタに乗っかって騙くらかしとるのかも知れん」 老爺の探るような視線が尚人の表情を捕えた。 疑おうと思えば疑える。 何の得があってか知らないが、尚人がこの掲示板の内容を踏まえて自分達を騙そうとしている可能性も消し去ることは出来ない。 (いや……) しょうよう老爺は首を横に振った。 今までの人生にも、可能性を確定出来たことなど無かったのだ。 それでも彼は不安に苛まれながら相手を信じ、裏切られ血反吐を吐く思いをしながらも、道を選択する事をやめなかった。 信じてみても良い。 この男が何らかの仕方で裏切ったとしたら、自分に見る目が無かっただけのことだ。 「私は様子見に一票!」 ゴンコが重苦しい空気を断つハキハキとした声を発した。 ご丁寧に右手をピンと挙げている。 老爺はびん底眼鏡をずり上げてため息を吐いた。 「任せるよ」 「……」 「嫌なの?」 恐る恐るゴンコが尋ねる。「嫌じゃない」尚人は情けない笑みをこぼした。 「ひとまず死なずにすむのかと思って」 金無し宿無し妻も無し。とはいうものの死にたくも無し。 かつての江戸で誰かが唄ったのにも似た狂歌を、それと知らずに心中に浮かべて尚人はほっと息を吐いた。