2013/05/19


「この世界はネ、私の意識と『君代』の意識が混ざり合って出来ていた。『神軍の恥』が君代を殺し、そして私が甦らせた」 「この世界を作り出してしまったのは君自身の恐怖なのだ、『最上君代』」 「最上君代が作った…?どういうことだよ」 布津は目の前の「地獄」を見つめながら布津は尋ねた。男の囁きが鼓膜を震わす。それはとても甘美な旋律だった。 「ここは私の意識であり、そして君代の意識からも干渉を受けている。  百億光年先の暗闇であり、百億光年前の光でもある。  つまり併存する時空間を浮遊する――否、理論を修正したのだ、意識というものは通奏低音的に存在する一つの世界を持ち、  それは時に可視化され混交しうる。私と『君代』がそうであったように」 布津は沈黙した。話の方向が見えてこない。 「分からないか」 男はフフと笑った。その笑みがオヤと思うほどに純粋なものだったので、布津は酷い違和感を覚えた。 「私が狂気的に見えるのなら、それは『君が狂人だからだ』」 火の雨が降り注ぐ。 街が燃える。死が雲間から降ってくる。 この記憶は自分のものでは無い。しかし、恐怖は確かに刻み込まれていた。 「さあ、どちらが悪役だ?」 男は愉快そうに笑った。 --- 一体何がいけなかったのだろう。 布津は目の前の光景を眺めることしかできない。 街が焼け落ちていく。黒い人影が倒れてゆく。炎のうねりが街を飲み込むのを、彼は手の届かない所から目を見開いて傍観していた。 「やめろ、止めてくれ……」 懇願は虚しく響く。 明々と照らし出される夜の街で、半仮面を失った男は熱に倒た人々の腕をもぎ取っていった。 どす黒い液体が現実に異様に肉薄し、世界は崩壊する。 「もう、駄目なんです」 醜く赤黒い傷痕を熱風に曝して、男は高らかに笑いながら泣いていた。清い涙は血の海に沈み、濁る。 「驚いたでしょう、これが君の狂気なんです。止まらない、止められない、だって僕は単なる概念なのだから」 「俺の……」 炎の中で踊るように影が死んでゆく。その手を取るように見知らぬ友人もくるくると踊っていた。 「嫌だ、いやだ、いやだ」 布津は子供のように泣きじゃくった。 「俺はただの人間だ!こんな、こんな」 「関係ない。君が詩人だろうが軍人だろうが一般人だろうが政治家だろうが、神だろうと関係のないことです!  狂気は君にも僕にも与えられている」 左腕さんは演説をぶるように両腕を広げた。シャツの腕の左側はダランと垂直に垂れ、ユラユラと熱風に揺れている。 「僕と一緒に行きますか、それとも見なかった事にしますか。  出来ますよ。僕を忘れて下さい。何もかも忘れて、今まで通り生きられますよ」 仮面を剥ぎ取られた友人はいつも以上に饒舌で軽やかだった。 泣きながら、笑いながら、肉を引きちぎりながら、舞ながら布津を導いた。 「忘れる」 ぽつりと呟いた布津の目に光は無い。平均台から落ちるのはその上を歩くよりはるかに簡単だ。 座り込んだ彼は灰塵と化していく彼の深層を眺めて、笑った。 「忘れられない」 「大丈夫」 絶望の闇を切り裂くように、一閃の言葉が彼らの頭に響いた。キイロだ。 「綾敷さん……?」 左腕さんはケラケラ笑う。 「何が大丈夫だって言うんですかァ!おっかしいナァ、こんな状況で君に何が出来る!アハハ、アハハ」 「大丈夫」 再び、清らかな声が響いた。