2013/05/19


肆 俺は頭を抱えた。 「どうしましたァ、青春の病ですかァ青年」 お前らのせいだ、と指差すことが出来たらどんなに気楽か。ところが隣で自分の先輩たる、そして俺の頭痛の元凶であるところの西園寺はニマニマ笑っているし、 半仮面はさらに楽しげにニヤニヤしているのだから救いがない。 「やっぱり左腕さんってやつじゃねえかなあ。だって見た目まんまだろ。飼ってやれって」 「先輩マジで言ってるんですか。殺されるかもしれないじゃないですか、嫌ですよそんな爆弾抱えるの」 *** 西園寺の登場は、およそ十分前に遡る。 勤務時間外(それどころか非番)にも関わらず迷い人の事情聴取に当たる真面目な俺は、彼、すなわち半仮面の不気味な男、に 質問を浴びせかけようと口を開いた。 ちょうどその瞬間である。 「おお、布津じゃねえか、何、デート?」 その声が耳に飛び込んできた瞬間、意気込んだ質問が溜息に変換されて口から漏れた。 声の主は西園寺高麻呂、高級貴族西園寺一族当主の五人目の妾の三男という、非常に微妙な立場の男である。 今日はハンチングなど被っている所を見ると、張り込みが交代になったかどうかだろう。 微妙な立場とはいえ望めば高級官僚の道も開けただろうに、それを蹴って特高警察勤め。 望んでも手に入らない俺からすればむしろ贅沢に思える選択だ。 切る必要も無いのに実家とは縁を切って貧乏長屋で暮らす物好きは、物好きらしく好奇心旺盛で、 西京都市伝説などにはことさら興味を示す。 俺の予想が正しければ、この奇怪な半仮面の男にも何かしら興味を持つはずだ――果たして大正解。 「ウオッ」 優雅に紅茶などを啜っている半仮面の男を、無遠慮に眺めまわし、アッチへ回りコッチへ回り、それから俺の隣の席へ収まった(なぜ座るのだ、帰れ)。 「『左腕さん』?」 「やっぱ先輩もそう思いましたか……っていうか俺は前に先輩から聞いたから何となくそうかなと思っただけですけど」 いやいや、と西園寺は大げさな身振りで驚いて見せた。 「噂の分布が狭いんだよな。それに、どうも話全体に整合性が無いと言うかツギハギ的な印象というか。だから出来立てかと思ったらそうでもない」 「古いんですか」 「さほど古くは無い。かと言って最新でも無いって感じだな」 あのう、と半仮面の男が西園寺に話し掛けた。 そういえばこの男、記憶が無いと言っていたな、と今さら思い出す。 彼がもし都市伝説上の「左腕さん」ならば、笑顔で人を狂気に至らしめる道化のような、なるべくなら近寄りたくない人物である。 「その、『左腕さん』というのが、もしや私の名前なンですかねェ」 「おいおい布津、このお方ボケがキレッキレだぜ」 俺は呆れ果てて半目になりながらかくかくしかじかと引き出した僅かな情報を西園寺に伝えた。 改めて、西園寺は左腕さん(仮)をまじまじと眺める。 半仮面に穿たれた下弦の月。青白い肌。一見紳士風の、しかしどこか胡散臭い格好と、特徴的な真っ赤なハイヒール。 そして、西園寺は言ったのである。 「飼ってやったら?」 半仮面の男は口角をキューッと上げた。初対面の筈であるのに、それがどういう精神のはたらきを示しているか俺にはよく分かった。 左腕さんは怒っている。 犬か何かのような言い草か、それとも西園寺の不躾な視線か、いずれにせよ、彼を怒らせるのは得策では無いと本能が告げている。 自分の第六感に感謝せねばなるまい。だが西園寺は男の変化に気付いていないらしい。 俺は頭を抱えた。 半仮面の男はニコニコと西園寺を見つめていたが、俺が黙っているのに気付いて元のただ胡散臭いだけの笑みを浮かべた。 「どうしましたァ、青春の病ですかァ青年」