「何だよこんな夜中にィ。そこは空地だな。山ン中だけど戦中にゃ陸軍の研究施設があったとかなんとか。まあ眉唾だけどな」 さすが都市伝説マニアとでも言おうか。しかしそんな西園寺でさえ六六六作戦という名称には覚えが無いようだった。 「名前からしてまさに軍事作戦って感じだな。極秘事項が多いからなあ。あの辺。 その分馬鹿馬鹿しいようなトシデンも多くて面白えけどな」 とは彼の弁である。 それを聞いて静かに礼を言うと、布津は電話を切った。 軍事施設。終戦直後に失踪した中目黒之嘘吐。そして、彼に似た都市伝説左腕さん。 繋がりは出来た。その意味は未だ分からない。 (本人に聞けばいい) 不思議と、「その場」に左腕さんがいると確信できた。 布津は夜に踏み出して息を吐いた。まだ呼気が白く染まるほど寒くはないが、 すぐに世界は冷え冷えとした寒気に包まれるに違いない。 冬が来る前に 布津は久しく乗っていなかったスクーターのエンジンを掛け、夜闇の中を走り出した。 --- そこには無いはずのものがあった。 西園寺が空地と言っていたはずの所に、立派な建造物がそびえている。左腕さんの言葉が甦る。 (黒い大きな建物をご存知ですか) 「おい」 気付けば隣に男が立っていた。ひろしさんといいこの男といい、この世界には神出鬼没野郎が多すぎる。 布津はなんとか跳ねる心臓を抑えつけた。 「だ、誰だよ」 深夜、元軍事施設と噂される場でこんな出会いは心臓に悪い。しかし男は布津の非難の声に全く動じない。 見れば今では珍しい大戦中の天照軍服を纏った筋骨隆々の男で、この場にふさわしい出で立ちにも思えたし、 反対に研究所然としたこの場には馴染まないようにも見えた。 「驚かせて悪いね。懐かしくなって前線より帰投ってとこだ」 「前線……?」 男は快活に笑うと、短く刈り上げた頭を掻いた。 「俺は神軍上等兵雷獣だ。そうだな、嘘吐の……保護者か、アイツが聞いたら怒るかな」 「嘘吐……中目黒之嘘吐?でも中目黒は戦後失踪して……待て待て、アンタ幽霊か? 左腕のヤツと中目黒とやらはどういう関係なんです?偶然にしちゃ似すぎてる」 わーっ、と雷獣が耳を塞いだ。 「一つずつ頼む!俺は頭使うのが苦手でな。まず俺はユーレイじゃない。 それどころか『現実の俺』はとっくに成仏してるし、多分来世を謳歌してるだろうぜ。 今の俺は……そうだな、誰かの記憶の中の俺?寄生生物?生きてないから寄生思念かな?」 布津は目を見開いた。 「そんな存在聞いたことがない」 「特例中の特例だ。有難くもない。さっさと消えたいところだぜ、青年」 うんざりしたように溜息を吐いた雷獣は、精悍な顔に笑みを浮かべた。 「お次は?」 「左腕さんはどこにいる」 「中だ」 雷獣の親指が不気味な建物を指差した。夜の闇に紛れて、その古びたコンクリートの建物は奇怪な威圧感を放っている。 あるはずのないもの。いるはずのない人物。 「訳分からん理論に頼るからこうなるんだ。ザマミロ嘘吐」 いたずらっ子のように笑って、雷獣は布津の肩を叩いた。 「元々悪い奴じゃないんだ。ちょっとばかり利己心が強くて、意地っ張りで、自分を恃みすぎるのが玉に瑕。 まあそれはあんたも同じか、『最上君代』」 布津はパッと雷獣の顔を見上げた。やっちまった。そんなばつの悪そうな顔で目を逸らした男に詰め寄る。 「最上君代?」 「あー、面倒くせえなあ」 ばりばりと頭を掻いて、目を逸らしたまま男は言った。早口だったが捉えられないほどではない。 「あんたの前世だ、青年」 グラリと世界が揺れた。 男はそれ以上説明する気はなさそうだった。口を真一文に結んで「言うまい」という意志を見せている。 布津はそびえ立つ建造物を見上げた。雷獣は厳しい顔でその横顔を見つめている。 「行くのか青年」 「ええ」 「覚悟は」 「無い」 雷獣はぽかんと口を開けて、それから呆れ気味に笑った。 「無いのかよ」 「でも行かなきゃなんないんですよ」 「そっか」 お前そっくりだよ。布津の知らない誰かを思い浮かべながら雷獣は微笑む。 「出来れば行きたくないんですけどね」 「武運を」 敬礼に下手な返礼をして、布津はのらりくらりと歩を進めた。